建設業に携わる企業や個人事業主にとって、「建設業会計」という言葉は避けて通れない重要な概念です。建設業は、一般的な製造業やサービス業とは異なる業態を持ち、1件あたりの取引金額が高額であることや、契約から完了までに長期間を要する工事が多いといった特徴があります。これに伴い、会計処理にも特殊な考え方が必要とされ、通常の「一般会計」とは異なる会計処理が求められます。
さらに、2021年4月からの新収益認識基準の適用や、2024年から2025年にかけて段階的に施行されている建設業法改正など、建設業会計を取り巻く環境は大きく変化しています。
この記事では、建設業会計の基本的な考え方や特徴、一般会計との違い、最新の会計基準と法改正の影響、そして実務での注意点について詳しく解説し、行政書士や税理士などの士業による支援の重要性にも触れていきます。
建設業会計の定義と目的
建設業会計とは、建設業における工事受注や請負契約、進行管理など、業界特有の取引内容に対応するために設けられた専門的な会計制度です。建設業では、ひとつひとつの工事がプロジェクト単位で管理されるため、個別の原価管理が非常に重要です。
建設業会計の主な目的は、工事ごとの収益性や進捗状況を的確に把握し、適正な財務報告を行うことです。これにより、企業の経営者はもちろん、発注者や金融機関、行政機関に対しても、信頼性の高い経営情報を提供することが可能になります。
一般会計との違いとは?
建設業会計が一般会計と大きく異なる点は、収益や費用の計上タイミング、そして管理単位の考え方です。通常の企業では、商品を販売した時点で収益を計上する「実現主義」が採用されますが、建設業では工事の進捗に応じて収益を認識する特殊な方法が用いられます。
また、一般企業では部門別や商品別に原価を管理するのに対し、建設業では工事ごとに原価を積み上げて管理する「個別原価計算」が基本です。このため、帳簿管理や見積精度、工期管理など、プロジェクト単位での正確な情報把握が不可欠となります。
【2021年改正】新収益認識基準への移行
建設業会計において大きな転換点となったのが、2021年4月からの新収益認識基準の適用です。これにより、従来の「工事進行基準」と「工事完成基準」は会計基準としては廃止され、新たな収益認識の5ステップに基づく会計処理が求められるようになりました。
新収益認識基準の5ステップ
- 契約の識別:顧客との契約を特定する
- 履行義務の識別:契約における約束した財やサービスを識別する
- 取引価格の算定:顧客から受け取る対価の金額を決定する
- 取引価格の配分:複数の履行義務がある場合、それぞれに価格を配分する
- 履行義務の充足:履行義務を充足した時点で収益を認識する
建設業における実務上の変化
新収益認識基準の導入により、建設業では以下のような変化が生じています:
- 一定期間にわたり充足される履行義務:工事の進捗に応じて収益を認識(実質的には工事進行基準と同様の処理)
- 一時点で充足される履行義務:工事完成引渡時に収益を認識(実質的には工事完成基準と同様の処理)
- 原価回収基準の導入:成果の確実な見積りが困難な場合、回収可能と見込まれる原価の範囲で収益を認識する新たな方法
特に注目すべきは、見積りの信頼性が低い工事や初期段階の工事において、原価回収基準の適用を検討する必要がある点です。
【2024-2025年施行】建設業法改正の影響
建設業会計に大きな影響を与える建設業法の改正が、2024年から2025年にかけて段階的に施行されています。
労務費の基準の作成・勧告(2024年9月施行)
中央建設業審議会は、建設工事における適正な労務費の基準を作成・勧告できるようになりました。これにより:
- 著しく低い労務費の見積提出・変更依頼の禁止
- 違反した場合の罰則規定の導入
- 技能者の適正な賃金確保を目的とした労務費基準の明確化
会計処理においても、この労務費基準を踏まえた原価計算と見積作成が求められるようになります。
特定建設業許可の金額要件見直し(2025年2月施行)
特定建設業許可が必要となる下請契約金額の基準が引き上げられました:
- 一般工事:4,500万円以上 → 5,000万円以上
- 建築工事業:7,000万円以上 → 8,000万円以上
この変更により、特定建設業許可の要否判断が変わるため、財務要件の確認や会計処理における契約管理の見直しが必要です。
監理技術者の配置要件の変更(2025年12月施行予定)
監理技術者の配置が必要となる工事金額の要件も同様に引き上げられる予定であり、工事管理体制と原価管理の両面での対応が求められます。
建設業許可と経営事項審査における会計の重要性
建設業者が事業を行うには、都道府県知事または国土交通大臣の建設業許可を取得する必要があります。許可の申請や更新時、さらには経営事項審査(経審)では、財務諸表の提出が求められます。
この財務諸表が正確かつ建設業会計に則って作成されていないと、審査でマイナス評価を受ける可能性があるため、非常に重要な書類となります。特に経審では、完成工事高や自己資本比率、利益率などの数値が評価に影響するため、建設業会計の正確性は企業の信用力や受注機会に直結するのです。
経審における財務諸表の役割
経営事項審査では、以下の財務指標が重要な評価項目となります:
- 経営規模(X): 完成工事高、自己資本額
- 経営状況(Y): 純支払利息比率、負債回転期間など
- 技術力(Z): 技術職員数、工事実績など
- その他の評価(W): 労働福祉の状況、建設業経理士の有資格者数など
これらの評価を適切に受けるためには、新収益認識基準に基づいた正確な会計処理と、建設業法の要件を満たした財務諸表の作成が不可欠です。
士業によるサポートの重要性
建設業会計の実務は非常に複雑で、独自の会計処理や法令の理解が求められます。特に2021年の新収益認識基準適用や、2024-2025年の建設業法改正により、専門知識の重要性はさらに高まっています。
そのため、行政書士や税理士、社会保険労務士といった士業によるサポートは、建設業者にとって大きな助けとなります。
各士業の役割
- 行政書士:建設業許可の取得・更新、経審書類の作成支援、建設業法改正への対応助言
- 税理士:新収益認識基準に基づく会計帳簿の整備、決算書の作成、税務申告、原価計算指導
- 社会保険労務士:労働者の労務管理、社会保険手続き、労務費基準への対応支援
これら士業の連携により、会計処理の精度向上と経営リスクの低減が図られるため、特に中小建設業者にとっては大きな価値があると言えるでしょう。
実務上の注意点と対策
建設業会計では、工事ごとの原価集計が基本となるため、見積りの段階から綿密なコスト管理が求められます。実際の工事原価と見積原価に乖離があると、損益計算に大きな影響を及ぼすため、定期的な進捗確認と見直しが必要です。
新収益認識基準への対応
新収益認識基準を適用している場合は、以下の点に注意が必要です:
- 履行義務の識別:工事契約に複数の履行義務が含まれる場合の適切な識別
- 進捗度の測定:インプット法(原価比例法)またはアウトプット法による一貫した進捗度測定
- 変動対価の見積り:工事変更や追加工事の収益認識タイミングの適切な判断
- 原価回収基準の適用検討:見積りの信頼性が低い工事における収益認識方法の選択
労務費基準への対応
2024年9月から施行された労務費基準への対応として:
- 適正な労務費の見積作成:中央建設業審議会が示す労務費基準を参考にした見積作成
- 著しく低い労務費の排除:下請契約における労務費の適正性確認
- 労務費の明確な区分管理:原価計算における労務費の独立した管理体制の構築
証憑管理の徹底
会計データの整合性を保つために、契約書や見積書、請求書、工事写真などの証憑類を適切に保管・管理し、税務調査や行政監査に備える必要があります。特に電子帳簿保存法への対応も考慮した管理体制の構築が求められます。
まとめ
建設業会計は、業界特有の取引形態や会計処理に対応するために発展してきた重要な仕組みです。2021年の新収益認識基準の適用や2024-2025年の建設業法改正により、建設業会計を取り巻く環境は大きく変化しており、従来以上に専門的な知識と正確な会計処理が求められています。
収益認識や原価管理の精度が経営の安定性に直結することから、最新の会計基準と法令への対応、そして専門家の支援が不可欠です。
建設業者として持続的に事業を行っていくためには、建設業会計の基本を理解し、新収益認識基準に基づいた収益認識、労務費基準を踏まえた原価管理、工事ごとの会計処理や進捗管理zを徹底することが求められます。会計処理や法令遵守に不安がある場合は、行政書士や税理士などの士業と連携し、適切なサポートを受けることで、経営の透明性と信頼性を高め、公共工事の受注機会の拡大にもつなげていきましょう。