【中小建設業の経営者の皆様へ】2021年4月以降、大企業では新しい会計基準が強制適用されていますが、中小企業では従来の「工事完成基準」の継続適用が可能です。ただし、将来の成長や金融機関対応を考慮した基準選択が重要になっています。
中小建設業の経営者にとって、売上をいつ計上するかという会計基準の選択は、資金繰りや税務、そして金融機関との関係に直接影響する重要な経営判断です。近年の制度改正により選択肢が複雑になっているため、自社にとって最適な基準を理解し、適切に選択することが求められています。
中小建設業が知っておくべき現在の制度(2025年現在)
あなたの会社はどちらに該当しますか?
中小建設業(多くの会社が該当)
- 資本金5億円未満
- 負債総額200億円未満
- 従来の工事完成基準の継続適用が可能
- 新収益認識基準への早期適用も選択できる
大企業(一部の大手建設会社)
- 資本金5億円以上または負債総額200億円以上
- 上場企業
- 新収益認識基準の強制適用(選択の余地なし)
税務上の取扱いは別ルール
会計上の基準とは別に、法人税の計算では以下のルールが適用されます:
- 大型工事(工期1年以上、契約金額10億円以上):工事進行基準で税務申告
- 一般的な工事:工事完成基準で税務申告
中小建設業の基準選択:工事完成基準 vs 新収益認識基準
工事完成基準(従来基準)- 多くの中小建設業が継続適用
こんな会社におすすめ:
- 経理担当者が少ない
- 工事期間が比較的短い(1年以内)
- 銀行融資が主な資金調達手段
- 複雑な会計処理を避けたい
メリット:
- 経理事務が簡単:工事完成時に一括で売上・原価を計上
- 税務申告がシンプル:多くの場合、会計と税務が一致
- 資金繰り予測が立てやすい:入金と売上計上のタイミングが近い
- 経理人材への負担が少ない
デメリット:
- 期ごとの業績変動が大きい:大型工事の完成時期で利益が左右される
- 金融機関への説明が困難な場合:進行中工事の価値が見えにくい
- 上場や大企業との取引拡大時に変更が必要
新収益認識基準 - 将来を見据えた選択
こんな会社におすすめ:
- 将来の上場を検討している
- 大手企業との長期契約が多い
- 投資家からの資金調達を予定
- 経理体制を強化したい
メリット:
- 業績の平準化:工事進捗に応じて売上を計上するため期間損益が安定
- 金融機関からの評価向上:より実態に即した財務状況を示せる
- 大手企業との取引で有利:同じ会計基準で財務諸表を作成
- 将来の企業成長に対応:上場時の基準変更が不要
デメリット:
- 経理事務が複雑:進捗度の測定や月次での売上計上が必要
- システム投資が必要:工事管理システムとの連携が重要
- 人材育成コスト:経理担当者の研修や外部専門家への依頼
- 税務申告との調整:会計と税務で異なる場合の申告調整作業
実践的な判断基準:あなたの会社はどちらを選ぶべきか?
工事完成基準が適している会社の特徴
- 工事期間:ほとんどが1年以内で完成
- 契約金額:1件あたり5,000万円以下が中心
- 経理体制:経理担当者1-2名
- 資金調達:銀行融資が中心
- 事業計画:現状維持または緩やかな成長
経営者の考え方:「シンプルで分かりやすいのが一番。工事が終わったら売上、これで十分やっていける」
新収益認識基準を検討すべき会社の特徴
- 工事期間:1年以上の長期工事が増加傾向
- 契約金額:大型案件(1億円以上)の比率が高い
- 経理体制:システム化や人材強化を進めている
- 資金調達:投資家からの出資や社債発行を検討
- 事業計画:積極的な事業拡大や上場を目指している
経営者の考え方:「銀行からの評価も上げたいし、大手との契約でも対等に話ができるようになりたい」
税務との関係で注意すべきポイント
ほとんどの中小建設業のケース
- 会計:工事完成基準
- 税務:工事完成基準
- 結果:申告調整不要で事務負担が軽い
新収益認識基準を選択した場合
- 会計:新収益認識基準(進捗に応じて売上計上)
- 税務:工事完成基準(完成時に売上計上)
- 結果:申告調整が必要(税理士との連携が重要)
大型工事を受注している場合
- 会計:選択した基準
- 税務:工事進行基準(強制適用)
- 結果:会計基準によらず税務調整が発生
基準変更のタイミングと手続き
いつまでに決めるべきか?
- 決算期末まで:翌期首から適用する基準を決定
- 継続適用が原則:一度選択した基準は継続して使用
- 変更は慎重に:正当な理由がないと基準変更は認められない
変更手続きの流れ
- 社内検討:経理体制・システム・コスト面の検討
- 税理士相談:税務への影響と申告調整の確認
- 取締役会決議:会計方針の変更決議
- 経理規程改定:社内規程の整備
- 運用開始:新基準での会計処理開始
金融機関との関係における影響
工事完成基準を継続する場合
メリット:
- 銀行担当者も理解しやすい
- 従来の評価基準で融資審査が可能
- 決算書の説明が簡単
注意点:
- 大型工事の進捗状況を別途説明する必要
- 資金繰り計画書での補完が重要
新収益認識基準に変更する場合
メリット:
- より実態に即した財務状況を示せる
- 金融機関からの信頼性向上
- 格付け評価での優位性
注意点:
- 基準変更の理由と効果を説明
- 一時的に業績評価が複雑化
経営者が押さえておくべき実務ポイント
工事完成基準での管理ポイント
- 完成時期の明確化:引渡し基準の統一
- 原価管理の徹底:未成工事支出金の適切な計上
- 工事損失引当金:赤字工事の早期把握と引当金計上
- 資金繰り管理:完成時期と入金時期のズレ管理
新収益認識基準での管理ポイント
- 進捗度測定:原価投入比率や工事出来高の定期把握
- 契約管理:履行義務の明確化と契約条件の整理
- システム整備:工事管理システムと会計システムの連携
- 月次決算:進捗に応じた売上・原価の計上体制
専門家との連携方法
税理士との連携
- 基準選択の相談:自社に適した基準の検討
- 税務申告対応:会計と税務の調整処理
- 資金繰り相談:基準変更による資金繰りへの影響分析
行政書士との連携
- 建設業許可:財務諸表と許可要件の確認
- 経営事項審査:売上計上方法と審査点数への影響
- 入札参加:発注者が求める財務諸表の形式確認
システム会社との連携
- 工事管理システム:進捗管理機能の活用
- 会計システム:基準に応じた設定変更
- 連携システム:工事管理と会計の自動連携
まとめ:中小建設業経営者の賢い選択
中小建設業の経営者にとって、収益認識基準の選択は「現在の実務負担」と「将来の成長戦略」のバランスを考える重要な経営判断です。
現状維持・安定経営を重視する場合
- 工事完成基準の継続適用がおすすめ
- シンプルな経理処理で事務負担を軽減
- 税理士との連携で適切な会計処理を確保
将来の成長・発展を重視する場合
- 新収益認識基準への変更を検討
- 初期投資は必要だが、長期的な企業価値向上に寄与
- 段階的な移行で無理のない基準変更を実現
どちらを選択する場合でも重要なこと
- 継続適用を前提とした慎重な選択
- 税理士・行政書士との事前相談
- 従業員の理解と協力の確保
- 取引先(銀行・発注者)への適切な説明
最終的には、あなたの会社の現状と将来計画に最も適した基準を選択し、一度決めた基準を継続して適用することが、安定した経営と成長につながります。迷った場合は、信頼できる税理士に相談し、自社に最適な選択を行ってください。