あなたの会社の粗利率、本当に適正ですか?
「今期も売上は伸びたのに、なぜか手元にお金が残らない」──建設業を営む経営者の多くが、こうした悩みを抱えています。売上高は確認できても、「本当に稼げているのか」を正確に把握できている企業は意外と少ないのが現実です。
その答えを示してくれるのが「売上総利益率(粗利益率)」です。この指標は、企業の収益力を測る最も基本的な"経営の体温計"であり、特に建設業においては、案件ごとの収益性を見極め、経営判断の精度を高めるための必須ツールとなります。
一般財団法人建設業情報管理センター(CIIC)の最新調査(令和5年度)によると、建設業全体の売上総利益率の平均は約26%です。しかし、業種によって大きな差があり、職別工事業では34.59%である一方、土木建築工事業では18.05%にとどまっています。つまり、「建設業の平均」という一律の基準で自社を評価することは、実態を見誤る危険があるのです。
本記事では、売上総利益率の基本的な見方から、建設業特有の活用方法、さらには行政書士による専門支援まで、実務に直結する情報を解説します。
売上総利益率とは? ──企業の収益構造を示す基本指標
計算式と意味
売上総利益率は、企業がどれだけ効率的に利益を上げているかを測る、最も基本的な経営指標です。
売上総利益率(%) = (売上高 − 売上原価) ÷ 売上高 × 100
建設業の場合、売上原価には材料費、労務費、外注費(下請費)、機械経費などが該当します。
【計算例】
・売上高:1億円
・売上原価:7,500万円
・売上総利益:2,500万円
・売上総利益率:25%
経済産業省の商工業実態基本調査でも、売上総利益率は「企業の収益性を判断するための基本的な指標の一つ」と位置づけられています。
建設業全体の平均値と業種別の違い
一般財団法人建設業情報管理センターの「建設業の経営分析(令和5年度)」によると、建設業全体の売上総利益率の平均は25.95%です。
*分類方法:日本標準産業分類に従って「総合工事業」、「設備工事業」、「職別工事業」の 3 種類に大別し、さらに「総合工事業」については土木工事が完成工事高の 8 割以上のものを「土木工事業」、土木工事が 2 割未満のものを「建築工事業」、これ以外のものを「土木建築工事業」として 3 分類し、下記の 5 業種に分類。
【業種別の売上総利益率】
- 職別工事業:34.59%
- 設備工事業:30.08%
- 土木工事業:25.15%
- 建築工事業:19.64%
- 土木建築工事業:18.05%
自社の売上総利益率を評価する際は、「建設業全体の平均26%」ではなく、同じ業種内での比較が重要です。
他の利益指標との違い
決算書には複数の利益指標がありますが、それぞれ意味が異なります。
- 売上総利益率:原価管理の成果を示す(平均25.95%)
- 営業利益率:販管費を含めた会社全体の収益性(平均3.5~4%)
- 経常利益率:営業外の収支を含めた総合的な収益力(平均3.58%)
例えば、売上総利益率が30%と高くても、営業利益率が2%と低ければ、販売管理費(人件費、事務所経費など)が過大であることを意味します。売上総利益率は「原価管理」の成果を示す出発点の指標です。
建設業における売上総利益率の特殊性
一品生産がもたらす原価の変動性
建設業の最大の特徴は、すべての工事が「オーダーメイド」である点です。同じ規模の建築工事でも、立地条件、地盤状態、使用材料、施工期間、関わる下請業者など、あらゆる要素が案件ごとに異なります。
国土交通省の「建設関連業の経営分析」でも、「建設業は労働集約型の個別受注型産業であるため、工業製品のような大量生産による効率化が困難な面があり、採算性の向上が難しい産業である」と明記されています。
収益認識基準への移行
従来、建設業では「工事進行基準」が採用されていましたが、2021年4月に廃止され、現在は「収益認識基準」が適用されています。
この新基準では、工事の進捗に応じて売上や原価を分割計上する仕組みが引き継がれていますが、契約内容によって収益認識のタイミングが変わるため、より複雑な判断が求められます。そのため、会計上の適切な処理には専門知識が必要となり、売上総利益率の月次・期中のブレが生じやすい構造は変わっていません。
外部要因による原価変動リスク
建設業の利益率を不安定にする最大の要因が、工事期間中の予測不可能な原価変動です。
- 材料費の高騰:ウッドショック、鋼材価格上昇、円安による輸入資材の値上がり
- 労務単価の上昇:過去10年間で約5割上昇(国土交通省データ)
- 天候不順や災害:工期延長による現場管理費、仮設費の増加
- 設計変更や追加工事:追加費用を適正に請求できなければ利益率が低下
売上総利益率の実務的な活用方法
案件別・工事別の利益率分析
建設業において最も重要なのが、案件別・工事別の売上総利益率を可視化することです。
【分析手順】
- 工事台帳の整備:工事名称、契約金額、実際原価(材料費、労務費、外注費の内訳)、売上総利益率を記録
- 利益率のランク付け
- Aランク:30%以上(優良案件)
- Bランク:20%以上30%未満(標準案件)
- Cランク:10%以上20%未満(要注意案件)
- Dランク:10%未満または赤字(不採算案件)
- 不採算案件の原因分析:見積もりの甘さ、材料費高騰への対応不足、工期遅延、追加工事の対価未回収などを特定
- 改善策の立案:見積もり精度向上、契約書見直し、工程管理強化、協力業者選定基準の見直し
ケーススタディ:粗利率分析で見えた改善ポイント
【事例1:見積もり精度の向上で利益率5ポイント改善】
従業員15名の塗装工事業者A社。案件別分析により、過去1年間の30件のうち5件が粗利率15%以下の不採算案件と判明。材料費の高騰を見積もりに反映していなかったことが原因と考えられます。
改善策
- 材料仕入先から四半期ごとに最新単価表を入手
- 見積もり時に「価格変動条項」を契約書に盛り込む
- 過去実績を基にした「標準原価表」を作成
結果:翌年度の平均粗利率が改善。年間利益が増加。
【事例2:下請管理の見直しで外注費を10%削減】
従業員30名の総合建設業B社。案件別の外注費分析により、特定の下請業者への発注単価が相場より20%高いことが判明。
改善策
- 複数の下請業者から相見積もりを取る体制を構築
- 協力業者評価制度を導入(品質、納期、価格の3軸評価)
結果:外注費が全体で10%削減され、平均粗利率が改善。
目標利益率の設定と達成管理
業種平均を踏まえた目標設定
- 職別工事業:目標35%以上
- 設備工事業:目標30%以上
- 土木工事業:目標25%以上
- 建築工事業:目標20%以上
運用の仕組み化
- 経営者が工事ごと、目標粗利率を設定。
- 見積もり段階で想定利益率をチェックし、目標を下回る場合は慎重に判断
- 完成後に見積もり利益率と実績を比較し、差異分析を実施
行政書士による契約リスクの排除と利益率の保全
建設業における売上総利益率は、工事着工前の契約段階で大きく左右されます。不利な契約条件を飲まされた工事は、どれだけ現場で努力しても利益を確保することは困難です。
建設業許可と経営事項審査への対応
行政書士は、建設業許可の取得・更新、経営事項審査(経審)対策を通じて、適正な事業運営をサポートします。
- 建設業許可の新規取得・更新手続き
- 財務諸表の適正な作成指導(売上総利益率などの財務指標を正確に算出)
- 経審評点を高めるための経営改善アドバイス
工事請負契約書の法的チェックと条項整備
契約書の不備は、後々のトラブルにより想定外のコストを発生させ、利益率を大きく低下させます。
【重要な契約条項】
1. 追加工事・設計変更の取り扱い
施主から追加工事を依頼された場合、費用負担や支払条件が契約書に明記されていないと、「契約金額内でやってほしい」と主張されるリスクがあります。
→ 追加工事の単価算定方法、設計変更時の補償条項を明記
2. 物価変動条項(スライド条項)
工事期間中に材料費や労務費が高騰した場合、契約金額を調整できる条項です。特に長期工事では必須です。
→ 国土交通省の標準約款に準拠した物価変動条項を導入
3. 契約不適合責任の範囲
責任範囲が不明確だと、完成後何年も経ってから補修費用を請求され、利益が吹き飛ぶリスクがあります。
→ 責任期間、免責事項を明記
4. 支払条件と保全措置
「完成払い」「検収後60日払い」といった不利な支払条件は、資金繰りを圧迫します。
→ 前払金・中間金の設定、支払期限の短縮交渉
まとめ:今日から始める5つのアクションプラン
アクション1:直近決算の売上総利益率を確認する(10分)
損益計算書から売上総利益率を計算し、業種平均と比較しましょう。
アクション2:案件別の利益率一覧を作成する(10日)
過去1年間の工事について、案件別の利益率を算出し、不採算案件の共通点を探します。
アクション3:目標利益率を設定する(半日)
年間固定費と業種平均を踏まえ、現実的な目標利益率を設定します。
アクション4:契約書の内容をチェックする(1日)
追加工事条項、物価変動条項、支払条件などが適切に盛り込まれているか確認します。不備があれば行政書士等の専門家に相談しましょう。
アクション5:月次での利益率レビュー体制を構築する
毎月の経営会議で案件別利益率を共有し、全社員が利益意識を持つ文化を醸成します。
利益率は「結果」ではなく「プロセス」
売上総利益率は、日々の経営判断の積み重ねの結果として現れる数字です。高い利益率を確保している企業は、見積もり段階での綿密な原価算定、契約書での適正な権利保全、工事中の原価管理、完成後の振り返りといったプロセスを徹底しています。
売上総利益率を経営の中心に据え、継続的な分析と改善を繰り返すことで、あなたの会社は持続的な成長を実現できるはずです。
【参考資料】
- 一般財団法人建設業情報管理センター「建設業の経営分析(令和5年度)」
- 国土交通省「建設産業・不動産業:経営事項審査」
- 国土交通省「建設関連業の経営分析」
- 経済産業省「商工業実態基本調査」
※本記事は2025年10月時点の法令・制度に基づいています。